きみとぼく 第8話


皇帝は分解修理が必要だからロイドに持ちかえる様言ったのだが、皇帝はこの部屋から出ることを拒み、眼帯も内部を調べ無ければいけないのに部屋から連れ出そうとすると泣いて暴れた。唯一まともに見えるチビゼロが、「自分たちはゼロのこの部屋にいる理由がある」というと、治療はこの部屋でという事になった。
ロイドとセシルが作ったおもちゃが、何らかの理由・・・恐らくサヨコの天然で紛れこんだだけだが、何故この部屋にこだわる?もしかしたらあの卵から出た時点で何かしらの任務が設定されて、それをこなすまで離れられない?
ロイドとセシルに尋ねても解らないと二人は言う。という事は故障したことで何かしらの不具合が出ているのだろう。この部屋から持ち出したことで完全に故障したら今以上の損失だから、ここで三人の修理をする事を許した。
といっても、脅迫されたとはいえ悪逆皇帝の臣下であった科学者二人がゼロの部屋に朝から晩までいられるわけも無く、修理はサヨコが主体となって行い、毎日二人が調整に来るという形でまとまった。
つまり、ちび三人はこの部屋に残る。
サヨコは裁縫道具持ち込み、せっせと何やら縫い始め、あっという間に布団セットを完成させた。皇帝を寝かせると丁度いいサイズで、保冷材も専用の袋に入れられた。サヨコが包帯を細長く切ると、チビゼロが皇帝の服を脱がし何やら薬品を塗り付けガーゼと包帯を巻いた。まるで人形劇や幼い子供のお医者さんごっこのような光景だった。
一通りの作業が終わると皇帝は電池が切れたように眠った。いや、実際に電池が切れたのかもしれない。体に塗っていた薬品は漏電対策の可能性もある。眼帯は皇帝の布団にもぐりこみ眠ってしまった。壊れた二人の様子に関しては、チビゼロが何も言わないので、恐らくは問題はないのだろう。サヨコはせっせと布団セットを二組作ると夕食の準備を始めた。もうそんな時間なのかと時計を見る。既に時計は21時を回っており、今日という日が間もなく終わる事を示していた。
また変わらぬ明日がやってくる。
そこでふと自分の間違いに気付いた。
この3人が来たことで昨日と今日はまったく違う日だった。
ならば明日も今日とは違う日になるのだろう。
些細なことなのに、何故か気分は高揚した。

「ゼロ、食事は美味しいか?」

声をかけられハッとなった。
向けた視線の先にはチビゼロ。その傍には眠る皇帝と眼帯。
自分は椅子に座り、手にはスプーン。
視線を下ろせばそこにはスープとお肉とサラダにパン。
スプーンの中は空で、高さから考えてその中身を口にしたはずだ。
いつの間に食事を始めていたんだろうか。
そもそも私は普段食事をしていたのだろうか?

「美味しいか?と聞いたのだが」

再びチビゼロの声。
美味しかったのだろうか?
先ほど口にしたはずなのに何も味を感じられない。
だから返事は出来なかった。
味が解らなかったなら、また口にすればいい。
無言のままスプーンを動かす。
湯気の立つ琥珀色のスープの中には野菜や豆が沢山入っていて、スープと共にそれらを掬う。そして口に運びかみしめる。

「美味しいか?」

チビゼロは再び聞いてきた。
しつこいなと思う所だが、それ以上の難問が頭を占めていた。
もう一口。
今度は口に含む前に匂いを確かめる。
口に含み歯ごたえを確かめる。
思わず眉間にしわを寄せた事で、サヨコが不安げに眉を寄せた。

「お口に合いませんでしたか?」
「・・・・・・」

どう答えるべきだろうか。

「成程、ゼロ。お前は味も香りも解らないようだな」

チビゼロの冷静な言葉に、サヨコが小さく驚きの声をあげた。
正解だ。
サヨコの腕を疑っていないし、これが悪戯だと思っていない。
大体、無味無臭になる料理など出来ないだろう。
表面がパリパリになるほど焼かれた暖かなパンも、香辛料がかけられた固めの肉も、ドレッシングがかけられた新鮮な野菜からも、何の匂いも感じない。これらには味も香りもあるはずなのに、無味無臭なのだ。
困った。これではどう答えればいいのだろう。いや、困る必要など無い。答えるべきは一つだけだ。

「お…」
「もういい。わかった」

美味しいと言おうとしたが、チビゼロがそれを止めた。答えが不要なら、なぜ聞いたのだろう?いや、これは自分のミスだ。ゼロが不味いというはずがない。出された物が何であれ、不味いという言葉は相手に不快な印象を与え、争いの火種になりかねない。ゼロであるならば考えるまでも無く答えは一つなのだ。即答できないなんて、ゼロとしての自覚が足りな過ぎる。いや、そもそもゼロは食事をするのだろうか?味を尋ねられる事は本来あり得ない事だろう。なら、悩むだけ無駄だ。
食事は栄養摂取でしかない。ゼロとして活動するためのエネルギー源。それだけのものに過ぎない。機械的に食事をするゼロを困惑した表情でサヨコは見つめていた。

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